フォルテピアノ(ハンマークラヴィーア)
現代のわれわれにとっては、モーツァルトは作曲家です。
これは今さら申し上げるまでもないでしょう。
しかし、彼が生きた当時に視点を置いた場合、作曲家としてだけではなく、ピアニストとしての活動も無視することはできません。
幼少時の、父レオポルトに連れられてのヨーロッパ各地への演奏旅行をはじめ、後にモーツァルト自身が企画・実行した予約演奏会など、ピアニスト・モーツァルトの面目躍如たる舞台が多々ありました。
前回テーマとして取り上げた変奏曲も、その多くはこのような機会に生み出されたのです。
ピアノだけではなく、モーツァルトはヴァイオリンやヴィオラの腕前も一流でしたが、やはりピアノを演奏する機会が一番多かったようです。
そのためもあるのでしょう、モーツァルトの全作品のうち、ピアノのための曲が多くを占めています。
ピアノ協奏曲、ピアノソナタ、ピアノをフィーチャーした室内楽曲、さらには幻想曲/変奏曲といったピアノのための小品から、バイオリンソナタ、リート(歌曲)の伴奏まで、多種多様なピアノ曲をモーツァルトは残しました。
ところで、モーツァルトの時代のピアノは、チェンバロ(ハープシコード)と現在のピアノ(モダンピアノ)との中間に位置するもので、フォルテピアノ(またはハンマークラヴィーア、ハンマーフリューゲル)と呼ばれていました。
チェンバロとフォルテピアノは、いずれも鍵盤に加えた力を金属の弦に伝えて音を出しますが、その力の伝え方が若干異なります。
チェンバロは、プレクトラムという爪、ギターのピックのようなもので弦を弾くのに対し、フォルテピアノ(ハンマークラヴィーア)では、その名称が示す通り、ハンマーで弦を叩くことにより発音します。
つまり、音を出す機構はモダンピアノと同じということ。
そのため、奏者のタッチにより音の強弱を変えることができる一方、音色はモダンピアノとはやや趣が異なり、幾分チェンバロの香りが残っている印象を受けます。
フォルテピアノのハンマーによる発音機構は、イタリア人クリストフォリによって発明され、その後、ジルバーマン、シュタイン、ワルターなどにより改良を重ねられながら広く普及していきました。
モーツァルトはシュタインのものを高く評価していたようですが、所有していたのは友人であったワルターのフォルテピアノだったそうです。
現在、モーツァルト作品の演奏においては、通常、透明で芳醇な響きを具えたモダンピアノが用いられるものの、当時の雰囲気を味わうため、敢えてチェンバロやフォルテピアノで奏されることもあり、特に幼年および少年時代に書かれた曲ではこれが珍しくありません。
今回は、チェンバロ、フォルテピアノによる演奏例をそれぞれお聴き頂いてお別れしましょう。
☆ピアノのための小品 ヘ長調 K.33b―チェンバロ
☆ピアノのためのロンド ニ長調 K.485―フォルテピアノ