ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第40番 変ロ長調 K.454
もうかなり前に、モーツァルトの手掛けた作品ジャンルの一つとしてヴァイオリン・ソナタの概略は述べた一方、このジャンルに属する個別の作品についてはまだ取り上げていないことに気付いたので、今回はそれを果たすべく、「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 変ロ長調 K.454」をご紹介したいと思います。
モーツァルトはこのジャンルの作品を数多く残しており、作曲年代についてもほぼ全生涯にわたっていること、およびモーツァルトのヴァイオリン・ソナタは、そのほとんどが音楽を愛好する貴顕――特に淑女――への贈り物として、何曲かまとめて作曲されているということは、上の記事に既述した通りです。
さて、本稿でご紹介する「変ロ長調 K.454」について言えば、これもやはりある女性のために書かれたものはあるものの、それまでのこのジャンルの作品と異なるのは、その相手がイタリアはマントヴァ出身のレジーナ・ストリナザッキという、プロのヴァイオリニストだという点です。
1784年、ストリナザッキはウィーンを訪れ、ケルントナートーア劇場での演奏会で弾く曲の一つとしてモーツァルトに作曲と共演を依頼し、これを受諾したモーツァルトが、同年から記し始めた自作品目録に、その第6番目の作品として「1784年4月21日」の日付とともに書き入れて作曲されました。
その演奏は4月29日に、ストリナザッキの希望通り、モーツァルトとの共演の形で成功裡に行われましたが、当時ウィーン人士の大きな人気を博し、レッスン・演奏会そして作曲と多忙を極めていたモーツァルトにはピアノのパートを書く余裕がなく、ほんの覚え書きのみの楽譜に基づいて演奏していたことを、オペラグラスを覗きながら聴いていた皇帝ヨーゼフ二世に気付かれたとか。
そしてストリナザッキの方も、初見、リハーサルなしのぶっつけ本番で見事な演奏をものしたと伝えられています。
これら外的なエピソードから作品自体へ目(耳)を転じると、まずヴァイオリン・パートの充実ぶりが明らかに聴取されますが、これはモーツァルトが彼女の音楽的力量を高く評価し、それに見合った楽曲を書いた結果と見るべきでしょう。
標準的な緩―急―緩の三楽章形式を採ってはいるものの、第一楽章冒頭に格調高い序奏が置かれ、充実した規模と緻密な構成を具えた各楽章を、二つの楽器が対等の立場で、それぞれ時に主役として自己を主張し、時には相手を支えながら織りなしていく、もっともシンプル、かつそれだけにピュアな協奏曲の風趣さえ湛えた、極めて充実した作品に仕上げられています。
当時、この種の作品における演奏の主役はクラヴィーア(チェンバロまたはフォルテピアノ、後にピアノ)であり、ヴァイオリンはあくまでも伴奏、場合によっては省くことさえ可能なパートとして位置づけられていたことからすると、「変ロ長調 K.454」はその境界を大きく踏み越えるものだったように想像されます。
追ってウィーンのトリチェラ社から、同作が二つのピアノ・ソナタ「第6番 ニ長調 K.284」「第13番 変ロ長調 K.333」と共に「作品VII」として出版された際、「ヴァイオリン伴奏つきクラヴィーア・ソナタ」と記されましたが、これは上の音楽的世情を鑑みてのことで、作品の性格からすると「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」、もしくは「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」が妥当であることは間違いありません。
☆ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 変ロ長調 K.454
第1楽章 ラルゴ―アレグロ(Largo - Allegro)
第2楽章 アンダンテ(Andante)
第3楽章 アレグレット(Allegretto)
https://www.youtube.com/watch?v=sOuts08C9vo