ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488
「ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調 K.482」の完成から三ヵ月半後、オペラ「フィガロの結婚」の制作も佳境に入った1986年3月に、モーツァルトは新たに二つのピアノ協奏曲を書き上げました。
その内の一つが、今回ご紹介する「ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488」です。
自作品目録には3月2日という完成日付が書き込まれており、「第24番 ハ短調 K.491」とともに3月から4月にかけて予定されている3回の予約演奏会において披露することが作曲の動機と考えられていますが、実際の初演がいつ行われたかはわかっていません。
また、完成日付は作曲者自身の手で記されているので議論の余地はないものの、アラン・タイソンは楽譜用紙の研究から、モーツァルトが同作品に着手したのは数年前である可能性を指摘しています。
さて、このK.488を前後の同じピアノ協奏曲の中に置いて眺めると、それらと共通する特質と同時に相違する点も認められることに気付きます。
先ず前者については、これを挟む「変ホ長調 K.482」「ハ短調 K.491」同様、オーボエの代わりにクラリネットが使用されていること。
また、楽章構成の面で、長―短―長もしくはその鏡像である短―長―短という交代形を採っているのも、これら三曲に共通しています。
一方、一気にロマン派の領域へ飛翔したかの如き「ニ短調 K.466」以降の作品では三十分前後の演奏時間を要するのに対し、K.488は一回り短く仕上げられていることに加え、緩徐楽章に対するアダージョ(Adagio)の指定、最後のロ短調を除くそれら大曲全てに華やかな彩りを添えるトランペットとティンパニが用されていない点が、相違として挙げられます。
さらに、協奏曲において独奏者に自らの作曲および演奏の技量を示す機会を与えるカデンツァについても、これが置かれているのは第一楽章だけで、しかもモーツァルト自身がこれを総譜に書き込んでおり、その結果室内楽的な緊密性が現出されている事実も注目すべきでしょう。
以上のような特質は、K.488に可憐な小花の如き風情を与えており、他の後期ピアノ協奏曲の絢爛さは幾分影を潜めているものの、代わりに前面に現れた洗練された繊細さと優美さが、その十分過ぎる補いとなっています。
実際、このことは多くの人々の観取するところとなり、モーツァルトの全作品の中でも非常に高い人気を誇る一曲として愛され続けているのです。
この「イ長調 K.488」と次の「ハ短調 K.491」には、それぞれのスケッチと考えられる断片がいくつか残されていること、またオーボエのパートをクラリネットに書き換えたながら、これを含む管楽器全体が決して出しゃばることなく控えめながら深い効果を生み出していることなどを鑑みるに、これは決して偶然の神の気まぐれによるものではないと言うべきでしょう。
交響曲第29番、クラリネットの五重奏曲・協奏曲などと共に、「天界へと昇るイ長調の階(きざはし)」の重要な一段を占める作品であることは間違いありません。
☆ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488
第1楽章 アレグロ(Allegro)
第2楽章 アダージョ(Adagio)
第3楽章 アレグロ・アッサイ(Allegro assai)
https://www.youtube.com/watch?v=DXeBFhqViYg