この辺りで、モーツァルトの作品群の中でももっとも華やかなジャンル、オペラを取り上げたいと思います。
モーツァルトがはじめてオペラを作曲したのは1767年、わずか11歳のときのことです。
この作品は「アポロとヒアチントゥス(Apollo et Hyacinthus K.38)」で、ザルツブルクのベネディクト派大学の祝典用として書かれました。
K.38は、我々のイメージするオペラというより、音楽付きのラテン語喜劇といったものですが、それにしても、登場人物のキャラクターや感情・思想などをきちんと把握した上でなければ適切な作曲は絶対にできないことを考えると、11歳という年齢でそれを成し遂げたモーツァルトの才能にはあらためて驚かされます。
その後、36年に満たない短い生涯を終えるまで、モーツァルトはさまざまな機会を逃すことなく、コンスタントにオペラを世に出し続け、その数は未完のいくつかを含めて20余りに及びました。
モーツァルトの生きた18世紀後半は、まだ、作曲家といえばオペラの作曲家を指すほどオペラの存在が大きかった時代であり、モーツァルトもオペラ作家として確固たる地位を築くことを切望していたので、当然といえば当然といえます。
それにしても、オペラ作曲の労力を考えると決して少ない数ではありません。
まして、モーツァルトは他のジャンルでも多くの曲を残していますし、その上35歳という若さで世を去ったことを併せて考えると、やはり驚嘆に値すると言えましょう。
ところで、一口に「オペラ」と言っても、そこにはさまざまなタイプの作品が含まれます。
これらを分類するに、まず、オペラ・ブッファ(喜歌劇)とオペラ・セリア(正歌劇)を挙げることができ、この他にも、ジングシュピール(ドイツ語による歌芝居)、ドラマ・ジョコーソ(滑稽劇)などがあり、さらに、オペラを「歌劇」という広い意味で捉えれば、オラトリオ(聖譚曲=音楽付き宗教劇)、劇場セレナータ(特定の祝祭や祝典のための歌劇)などもこの範疇に入れることができるでしょう。
実際、上に書いた、「モーツァルトのオペラ作品は20余り」とは、これらすべてを含めての数です。
用語についてもう一点。
オペラの紹介や解説において、「アリア(詠唱)」「レチタティーヴォ(叙唱、朗唱)」という言葉を目にされたことがあるかと思いますが、これらも邦訳から類推される如く、前者は普通の意味での「歌」で、当然、ソロ(独唱)、重唱(アンサンブル)、さらに合唱もあり、伴奏もさまざまな形で添えられます。
それに対し、後者は抑揚を付けた台詞のことで、モーツァルトの属する古典派の作品では、チェンバロの伴奏を伴う(レチタティーヴォ・セッコ)のが通例です。
さて、モーツァルトのオペラは、他のジャンルの作品と同様、そのほとんどが見事な出来栄えを示していますが、その中で特に人気のあるものとして、生涯の後半にウィーンで作曲された「フィガロの結婚(Le nozze di Figaro) K.492」、「ドン・ジョバンニ(Don Giovanni) K.527」および「魔笛(Die Zauberflote) K.620」の3曲を挙げることができ、これらはモーツァルトの三大オペラと呼ばれています。
前の二つはイタリア語の作品で、K.492はオペラ・ブッファ、K.527の方はドラマ・ジョコーソに位置づけられており、それぞれ1786年、1787年に書かれました。
ちょうど作曲家として脂の乗り切った時期の作品ということもあって、両者には全体に溌剌としたエネルギーが漲っています。
一方の魔笛はドイツ語のジングシュピールで、モーツァルトの死の年、1791年に生み出されました。
この作品における「死と再生」というテーマには、自らの運命に対するモーツァルトの諦観が現れているようにも思われます。
これらはいずれも、質の面でも規模においても、オペラの魅力を十分に堪能できる作品ですので、はじめてオペラを観るという方にもおすすめです。
特にフィガロの結婚には、有名なアリアがたくさん含まれており、どこかで聴いたことのあるメロディーに必ず出会うはず。
伯爵の侍従フィガロが、伯爵夫人の侍女スザンナとの結婚に際し、目の前に降って湧いたいくつかの問題を持ち前の機転で乗り越えてハッピーエンドに到る軽妙なストーリーと、全体にちりばめられた魅力的なアリアの数々が絶妙にマッチしたこの作品は、初演時にもウィーンの聴衆の大喝采を博しました。
しかし、その人気は長続きせず、急激に評判が低下したため、そこには何らかの陰謀があったのではないかと考えられており、現在でもモーツァルト史の謎の一つとなっています。
その「フィガロの結婚 K.492」全曲の動画をご紹介しておきますが、やはりこれだけ長大なものになると、DVDでの鑑賞、さらにできれば劇場に行かれることをお勧めします。
https://www.youtube.com/watch?v=fef03047ZX8
特に劇場では、オペラそのものだけではなく、日常とは違った独特の雰囲気、その得も言われぬ魅力を味わうことができますので、機会がありましたら是非足を運んでみてください。
ただ、生で観るときの問題点は、オペラはそのほとんどが3時間を越えるような大作ゆえ、気力・体力ともに充実したときでないと、集中して全体を鑑賞することはなかなか難しいということ。
実際、私は集中力が続かない質なので、意識の飛んでしまう時間帯が必ずあります。
もちろん、それはそう長い時間ではないものの、やはり何か損をしたような気分を否めません。
貧乏性なのですね。