モーツァルト・カフェ|名曲・おすすめ作品・エピソードなど

不世出の天才作曲家W.A.モーツァルト。その名曲・代表作・おすすめ作品をはじめ、生涯や音楽上のエピソードなどをご紹介します。

セレナード 第12番 ハ短調 K.388(384a) "ナハトムジーク"

現在、モーツァルトのセレナードには13までの番号が付されていますが、その末尾に位置する10, 11そして12番は管楽のための作品、いわゆる"Wind Serenades"となっています。

 

これらの内、最大の規模を誇り、そしておそらく最も有名なものは、「第10番 変ロ長調 K.361(370a) "グラン・パルティータ"」かと思いますが、同曲については既に以下の記事で簡単に触れていることもあるので、今回はモーツァルト最後の管楽セレナードとなった「第12番 ハ短調 K.388(384a) "ナハトムジーク"」をご紹介しましょう。

 

mozart-cafe.hatenablog.com

 


はじめに、標題となっている"ナハトムジーク(Nachtmusik)"は、ドイツ語におけるNach(夜)とMusik(音楽)の複合語で、意味もそのまま「夜の音楽」あるいは「夜曲」となることを、老婆心ながら記しておきます。

 

そして、「第12番 ハ短調」がこのように呼ばれるのは、1782年の7月下旬、ヴォルフガングがウィーンから故郷ザルツブルクの父レオポルトへ宛てた手紙の中で、「……急いでナハトムジークを一つ書かなければならなかったので……」と述べているのが、このハ短調であろうと考えられているためですが、そもそもこれ自体が推測に過ぎない上、肝心の作曲動機についてもはっきりしていません。

 

ヴァン・スヴィーテン男爵の屋敷でバッハやヘンデルの作品に邂逅した、いわゆる「バロック体験」の結実と見做されたり、もっと世俗的に、コンスタンツェとの結婚を間近に控えたモーツァルトが、その資金集めを企図したとの見方も行われています。

 

さらにもう一つ、熱烈な音楽愛好家として知られたリヒテンシュタイン侯アロイス1世の宮廷楽団のために書かれたとの説もあり、これに因んでのことでしょう、去る2019年に渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催された「建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」においては、このハ短調セレナードが流されていたようです。

 

 

 

 


さて、その作曲動機に対する謎は、直接的には資料の欠けていることに起因するわけですが、それを一層深めているのが、作品そのものの特質です。

 

まず、ナハトムジークという名称がセレナードとほぼ同じ意味で用いられることを鑑みるに、仮に上の手紙における作品がK.388を指すとすれば、機会音楽・社交音楽としては暗く厳しい短調で書かれている点に疑問が生じます。

 

実際モーツァルトは、この領域において他に短調作品はものしていません。

 

さらに、セレナードは、その目的からして少なくとも5つ以上の多くの楽章からなるのが通例で、そこには普通、軽快なメヌエットも複数置かれるのに対し、K.388はというと、メヌエットを一つだけ含む四楽章で構成され、まるで厳格な室内楽曲、延いては交響曲さえ聴く者に想起させます。

 

この事実からは、当時多忙を極めていたモーツァルトが、敢えて四つの楽章のみに収めた――といった解釈も無理を来たすと言うべきでしょう。

 


果たしてこれと関連があるのでしょうか、同じ管楽セレナードで由来のはっきりしている「変ホ長調 K.375」に関しても、確かに短調こそ採ってはいないものの、霊名の祝日のための音楽としては些か異質な印象を受けます。

 

その目当てからして、徒に明るい音楽である必要はないにせよ、祝いの気分にしては些か中庸に落ち着き過ぎており、楽章数も少なく時間的にも十分な長さを具えているとは言い難いのです。

 

この作品が、注文を受けて書いたことのはっきりしている同ジャンルの作品の最後となり、以後残されたのは、今回ご紹介したK.388と、やはり謎に満ちた、あの「セレナード 第13番 ト長調 K.525 "アイネ・クライネ・ナハトムジーク"」の二曲のみ。

 

そしていずれに対しても、モーツァルト自ら「ナハトムジーク」と記していること、そしてやはり四楽章からなるという共通項には、何か意味があるように思えてなりません。

 

もっともこれは、単なる漠然とした、個人的印象に過ぎませんが……

 


なお、先に「弦楽五重奏曲 第2番 ハ長調 K.515」でも述べた通り、モーツァルトは後に、このハ短調セレナードを弦楽五重奏曲「第4番 K.406(516b)」へと編曲しています。

 


☆セレナード 第12番 ハ短調 K.388(384a) "ナハトムジーク"
第1楽章 アレグロ(Allegro)
第2楽章 アンダンテ(Andante)
第3楽章 カノン形式のメヌエット(Menuetto in canone)
第4楽章 アレグロ(Allegro)

https://www.youtube.com/watch?v=4GzZqjET0Zc

 

 

 

 

ディヴェルティメント 第15番 変ロ長調 K.287(271H) "第2ロドロン・セレナード"

モーツァルトの生きた時代には、まだ音楽家に仕立て職人的な性格が少なからず求められていました。

 

そしてこの要求に応える形で、セレナード・ディヴェルティメント・カッサシオンといったいわゆる機会音楽、すなわち式典や祝祭・祝宴を彩るための作品を、モーツァルトも残しています。

 

ここに挙げた三つの楽曲名称に厳密な定義・区別はないようで(少なくともモーツァルトの時代には)、今回ご紹介する「ディヴェルティメント 第15番 変ロ長調 K.287(271H)」にしても、「第2ロドロン・セレナード」と呼ばれることもあり、モーツァルト自身は「カッサシオン」と称しています。

 


同作品の成立契機は、上に挙げた二番目の名称に示されており、ザルツブルクの貴族にして大臣を務めたエルンスト・フォン・ロドロン伯爵の夫人マリア・アントニアの霊名の祝日を彩るため、彼女自身がモーツァルトに作曲を依頼したと考えられており、これから延いて、その時期は1777年6月13日の少し前と推定されています。

 

なお、ここで「第2」と付されているのは、前年にも同種の作品「ディヴェルティメント 第10番 ヘ長調 K.247」が書かれているためです。

 

 

 

 


これら二つのディヴェルティメントは、いずれもその目的を果たすに遺憾なき特性を具えており、この事実にモーツァルトの力量を見ることができますが、個人的に、両者の情趣・風情には仄かな相違があるように思います。

 

敢えてそれを端的に表現するなら、素朴と洗練。

 


私はこれら二曲に接すると、印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールのダンス三部作「ブージヴァルのダンス」「田舎のダンス」、そして「都会のダンス」が自然と連想されます。

 

ブージヴァルのダンス 田舎のダンス 都会のダンス

 

すなわち、第1セレナードが前の二つに、第2の方が最後の作品にオーバーラップするのです。

 

実は、第2セレナードに続いて、翌1778年にも同種の曲を書くこととなっていたらしいのですが、この予定はモーツァルトが旅行先のパリに滞在していたため果たされませんでした。

 


もしこれが実現していたら、第2セレナードとの間に、あたかも「ブージヴァルの」と「田舎の」に対応する風趣の差が見られたのではないか――との空想も自ずと生じます。

 

もちろん、時代的順序からすればこれはまったくの主客転倒――も何も、そもそもルノワールがこれらモーツァルトの曲を意識して上の各作品を描いたなどという逸話もないはずなので、何ら根拠のない単なる個人的妄想ですが、そんなことをふと思い付いてあれこれ考えるのも、また愉しいものです。

 

さて、第2ロドロン・セレナードの目的からして、そこには聖と俗、それぞれの要素を配合することが必要で、これを満たす一助として、第2および6楽章の主題はドイツの民謡からとられています。

 

第6楽章ではそれを、親しみやすさを保ちながら様々な表情を見せる優美な変奏曲に仕立て、フィナーレにおいては、暗く澄んだ序奏を付すことで軽妙な主題を一層引き立てると同時に、それが徒に浮揚散逸してしまうのを防いで見事な終局へ至らしめています。

 

この、聖俗両要素の比率の妙に加え、それらを適宜変容させながら結びつけ織り合わせる楽才により、同曲の「洗練」が具現していると言うべきでしょう。

 

 

もう一つの特徴として挙げておきたいのは、全曲を通じて第1ヴァイオリンが支配的役割を果たしている点。

 

この曲の書かれた約三ヵ月後、ミュンヘンにおいて、モーツァルト自らそのパートを演奏して大喝采を博したことを、誇らし気にレオポルトに手紙で報告していますが、さもありなんと思います。

 

 

それにしても、第2セレナード冒頭の二音だけで「モーツァルトの作品」と認識できるのは、不可思議至極です。

 


☆ディヴェルティメント  第15番 変ロ長調 K.287(271H)
第1楽章 アレグロ(Allegro)
第2楽章 アンダンテ・グラツィオーソ(Andante grazioso)
第3楽章 メヌエット(Menuetto)
第4楽章 アダージョ(Adagio)
第5楽章 メヌエット(Menuetto)
第6楽章 アンダンテ―アレグロ(Andante - Allegro)

https://www.youtube.com/watch?v=oxkPOONtB2w