モーツァルト・カフェ|名曲・おすすめ作品・エピソードなど

不世出の天才作曲家W.A.モーツァルト。その名曲・代表作・おすすめ作品をはじめ、生涯や音楽上のエピソードなどをご紹介します。

交響曲 第41番 ハ長調 K.551 "ジュピター"

前記事でご紹介した「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 "シュタードラー"」が世に出る一年前の1788年、モーツァルトはほぼ同時に、俗に「三大交響曲」とも呼ばれる三つの交響曲を書き上げました。

 

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「第39番 変ホ長調 K.543」「第40番 ト短調 K.550」そして「第41番 ハ長調 K.551」です。

 

この三曲は、モーツァルトの交響曲――さらに広く全作品と言ってもいいかもしれません――の中でも非常に有名なもので、数多の優れた演奏が録音として残っているとともに、今日のコンサートなどでもしばしば取り上げらます。

 

そして実際、いずれも規模・内容ともに極めて充実した、至高の作品であることは確かですが、特にモーツァルト最後の交響曲作品となった「第41番 ハ長調 K.551」は、「ジュピター」という標題も相俟って、広く世の音楽ファンの間に知れ渡っています。


ジュピターとは、ローマ神話における最高神ユピテルの英語読みで、ギリシア神話のゼウスに当たります。

 

この標題は例によってモーツァルト自身が付したわけではなく、同時代の音楽家ヨハン・ペーター・ザロモンが名付け親であることがはっきりしています。

 

「ジュピター」は、聴く者すべての心に完全無比なる調和感と圧倒的な壮大さを喚起する作品を称するにこれ以上ない標題として、今後も広く呼び親しまれていくに違いありません。

 

 

 


K.551の雄大さと緻密さを生み出しているのは、よく論じられるように、最終楽章に明確な形で提示される C(ド)-D(レ)-F(ファ)-E(ミ) の四音、所謂「ジュピター音型」であり、ここでの見事な対位法的展開には、先にモーツァルトがゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵を通じて知り、我がものとしたバロック音楽の素養が遺憾なく活かされていると言えましょう。

 

そしてさらに、このシンプルな音型は、他の楽章においても陰に陽にその姿を見せながら全編を貫いているのです。

 

因みに、モーツァルトがこの音型を作品に織り込んだのはK.551が最初ではなく、交響曲の作曲に足を踏み出したK.16に早くも見られ、その後も「ミサ・プレヴィス ヘ長調 K.192」のクレド、「ミサ曲 ハ長調 K.257」のサンクトゥス、「弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387 "春"」の終楽章など、生涯の各段階でこれを採用しています。

 

なお、モーツァルトに限らず、先人のパレストリーナ、バッハ、ハイドン、後進たるベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスなどの作品にもこれが見られることを鑑みるに、ジュピター音型は西洋音楽における「黄金比」なのかもしれません。

 

ともあれ、単純な構成要素から織りなすことで堅実さと緻密さを実現すると同時に、絢爛たる華やかさ、深遠なる情調をも表出するモーツァルトの力量には驚嘆を禁じ得ません。


さて、初めにご紹介した通り、K.543, K.550, K.551はほぼ同時に作曲されましたが、私は個人的に、その響きに顕著な相違を感じます。

 

敢えてこれら三曲の特質を喩えれば、避けることのできない地上の軛(くびき)・現世の枷という制約に面と向かい合い、これらを克服した末に天上へ飛翔する――すなわち、K.543は地上に建立された大神殿、K.550はそこから天上へ登りゆく階梯、そして天上界の展望の音による表現がK.551であるように思えてならないのです。

 

ともあれ、いずれも音楽史に燦然と輝く名曲であることに間違いありません。

 

W.A.モーツァルト「交響曲第41番 ハ長調 K.551 "ジュピター"

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ(Allegro Vivace)
第2楽章 アンダンテ・カンタービレ(Andante Cantabile)
第3楽章 メヌエット:アレグレット(Menuetto: Allegretto)
第4楽章 モルト・アレグロ(Molto Allegro)

 

 

クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 "シュタードラー"

芸術家には、その作品に創造時の心理や感情、さらにはその根底となる私生活の状況や出来事などが強く反映してしまうタイプと、あまり、あるいははほとんどそれの感じられないタイプがあります。

 

芸術家も人間である以上、どちらかと言えば前者の方が普通と言ってよいかもしれませんが、後者の代表格として知られるのがモーツァルトです。

 

これはもちろん、モーツァルトの作品には、常に、如何なる場合も私生活の影響が現れないという意味ではなく、「それを反映させずに制作するのは何でもない」のだという点にご注意ください。

 

前記事において、「ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304(300c)」には母親を失くし、アロイジア・ウェーバーに対しては失恋という二重の痛手を受けた心情が吐露されていると述べたのは、従って上に反するわけではなく、その時は気持ちの反映を抑制する意図がなかっただけなのでしょう。

 

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そして実際、モーツァルトには、自分の生活状態から完全に我が身を切り離して書いた如き作品が数多あり、その有名な一つが、今回ご紹介する「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」です。


ウィーンの聴衆の人気を失って収入が大きく減少していた1789年、仕事を得るべく企てた各地への旅行を初めとして、第5子アンナの誕生とそれにすぐ続いた死、さらには心身に痛手を負った妻コンスタンツェの療養などの費用が嵩み、モーツァルトは深刻な経済的苦境に陥りました。

 

「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」は、そんな状況下で生まれた作品であるにもかかわらず、その響きは天上的な美しさに満ちており、この世の悩み・苦しみといった要素はどこにも感じられません。

 

ただ、時折ふと姿を見せる、清澄な諦観とでも言うべき情調に、モーツァルトの心情を窺うことができると言えるかもしれません。

 

 

 

 


モーツァルトの管楽室内楽曲は、そのほとんどが特定の奏者を念頭に置いて書かれていますが、この作品もその例に漏れず、フリーメーソンの同志にして名高いクラリネット奏者であったアントン・シュタードラー(シュタートラー、Anton Stadler)の存在が作曲の直接の動機となっています。

 

低音域の演奏を得意としていたシュタードラーは、ロッツという楽器製作者の手になるバス・クラリネット(現在のバセットクラリネット)を愛用しており、モーツァルトは元々、この楽器と弦四部による作品として書き上げました。

 

現在私たちが耳にするのは、通常のクラリネット用にその後編曲されたもので、シュタードラーに贈られたオリジナルの自筆譜は、遺憾ながら紛失して現在は行方が知れません。

 

モーツァルト同様、シュタードラーも金銭面で苦労していたことがわかっており、その状況を改善する一助として、富裕な音楽愛好家へ売り渡してしまったのだろうとの説も行われています。


さて、モーツァルトのクラリネット五重奏曲からほぼ百年後の1891年に、この作品に大きな啓示を受けたブラームスが、同じ編成による「クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115」を書き上げました。

 

ブラームスの五重奏曲は当時非常な人気を博し、現在も高く評価されていますが、これに関してブラームス自身の述べた次の有名な言葉は、音楽史におけるモーツァルトの位置付けを如実に示しているように思います。

 

「現在では、私たちはもうモーツァルトのように美しくは書けない。 しかし、私たちには、彼が書いたと同じくらい純粋に書くよう努めることはできる。」 

 


その妙なる天上の楽の音をお聴きください。

 

第1楽章 アレグロ(Allegro)
第2楽章 ラルゲット(Larghetto)
第3楽章 メヌエット(Menuetto)
第4楽章 アレグレットの主題と6つの変奏(Allegretto con variazioni)

 

https://www.youtube.com/watch?v=xTNbclgU3h4