ソナタ―作品と形式
クラシック音楽に関する紹介や解説において、「ソナタ」という言葉をよく目にするかと思います。
もちろん、その意味内容を知らなくとも、クラシック音楽を愉しむことはできるわけですが、知ることでさらに視界が開け、視野が広がることもあるでしょうし、何より、疑問点があると気持ちが落ち着かない人もいらっしゃるでしょうから(実は私がその一人)、蛇足と思いながらも、ここでそのご説明をしておくことにします。
まずは言葉の由来から始めましょう(音楽用語の常として、以下の記述に現れるのはいずれもイタリア語です)。
ソナタ(sonata)とは、「鳴り響く」という意味の「ソナーレ(sonare)」に由来する語で、「(楽器により)演奏されるもの」を意味します。
それゆえ、日本では 奏鳴曲(そうめいきょく)とも呼ばれます。
一方、このソナタの対義語として、「歌う=カンターレ(cantare)」から生まれた「カンタータ(cantata)」があることも、覚えておくとよいでしょう。
さて、クラシック音楽において、「〇〇ソナタ」と言えば、これは作品ジャンル、およびそのジャンルに属する作品を示します。
すなわち、交響曲、協奏曲、オペラなどと肩を並べるものとして、ピアノソナタ、ヴァイオリンソナタなどがあるわけです。
このソナタの概念も時代により異なりますが、これが確立されたのは、モーツァルトも属する古典派の時代で、ここにフォーカスすれば、次の三つの特徴を有する作品と言えます。
・原則として3または4楽章からなる器楽曲
・第1楽章はソナタ形式(後述)をとる (ただし、例外も稀ではない)
・楽器編成は「独奏楽器1」、または「独奏楽器1+伴奏(通常はピアノ)」
ここで、例えば交響曲・協奏曲も、一般的に第1楽章はソナタ形式で書かれますし、さらにご存じの通り楽章数はまず3か4なので、上の最初の二つの条件は満たしますが、最後の編成が異なるため、普通ソナタとは呼びません。
強いて言うなら、それぞれ「オーケストラ・ソナタ」、「独奏楽器(例:ピアノ)とオーケストラのためのソナタ」とでもなりますか。
なお、規模の小さいソナタ作品を、特に「ソナチネ」ということがあります。
最後に、ソナタ作品の条件の中に出てきた「ソナタ形式」についてご説明しましょう。
この言葉は「楽曲の形式(略して楽式とも言われます)」の一つを意味します。
すなわち、クラシック音楽作品の基本単位、続けて奏されるまとまりとしての楽曲(例えば一つの楽章)が、どのように成り立っているかという、その型の一つであり、具体的には以下の形式を指します。
序奏→提示部(第1主題、第2主題)→展開部→再現部(第1主題、第2主題)→結尾部
ただし、厳密にこの形式をとる楽曲は決して多くなく、序奏や結尾部が省略されたり、あってもごく短いものだったりするのが普通です。
その意味で、より大まかに
提示部→展開部→再現部
なる構成をソナタ形式と考えることもあります。
ソナタ形式における、提示部と再現部についてはご説明するまでもないでしょうが、それらの間に置かれた展開部とは、謂わば主題を素材としながら、それをさざまな手法で料理する部分で、ここで楽曲に色彩が添えられたり、別の情調を加味されたりする訳です。
以上、おおよそこれくらいのことを頭の片隅に入れておけば、今後、作品紹介・解説をお読みになる際も戸惑うことはないでしょう。
アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525
アイネ・クライネ・ナハトムジーク(セレナード第13番 ト長調 K.525)は、モーツァルトの数多の作品の中でも最も知られた曲の一つでしょう。
特に、第一および二楽章の主題旋律はあまりにも有名で、ほぼすべての人の耳に深く記憶されているのではないでしょうか。
モーツァルトには珍しく、この標題は彼自身の付したもので、自作品目録の64番目に、「(1987年)8月10日、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、アレグロ、メヌエットとトリオ、ロマンス、メヌエットとトリオ、およびフィナーレから成る。ヴァイオリン2、ヴィオラおよびバッシ(低音弦楽器の複数形)」と記されています。
アイネ・クライネ・ナハトムジーク(eine Kleine Nachtmusik)とは、英語にすれば"a little night-music"、すなわち小さな夜曲で、前記事「モーツァルトのセレナード」においてご紹介したことからお分かりの通り、これはセレナードとほぼ同義です。
モーツァルトの代表作たるアイネ・クライネ・ナハトムジークですが、この曲は有名な反面、音楽史的にはいくつかの謎を具えています。
まず、作曲の動機・目的が不明なこと。
さらに、現在は全四楽章の作品として演奏されますが、上に挙げた自作品目録の記載が示す通り、元々は現在の第一楽章と第二楽章との間にメヌエットが置かれていました。
そのメヌエットの楽譜は失われてしまったため、私たちはそれを聴くことができないわけで、この点残念と言わざるを得ません。
しかし、セレナードはその性格上、必ずしも全曲を通しで聴かなければならない性格のものではないので、メヌエットが一つ欠けても価値は十分に保たれているといえます。
もう一点、作曲動機が不明なことと指定編成が曖昧なため、この曲がオーケストラを想定したものなのか、もしくは室内楽曲として作られたのかについても定かでありません。
それゆえ、現在ではオーケストラ、小アンサンブルいずれでも奏され、それぞれの味わいを愉しむことができるという、謂わば怪我の功名ともなっています。
ところで、第一に挙げたもっとも大きな謎、この曲の作曲意図について、私は個人的に「『アイネ・クライネ…』は、『音楽の冗談 K.522』と表裏一体、対となる作品ではないか――」と長年思って来ました。
つまり、「音楽の冗談」という、凡庸な作曲家や技量の浅い演奏家などを風刺する反面教師的な曲を書いた以上、「音楽とはこのように作るものだ、」という善例も示す必要があり、重ねて音楽に対する贖罪として作曲したのが「アイネ・クライネ…」ではなかろうかと考えたのです。
モーツァルトに関して、私は単なるディレッタントであり、専門の研究家でも史家でもないので、この考えを裏付けるような調査を実施したわけではありませんが、モーツァルト研究で名高い音楽学者のアルフレート・アインシュタインが同じ推測を述べていることを後に知り、「我が意を得たり」という気持ちになったものです。
実際、モーツァルトの作品全体を俯瞰すると、所々に対句的な作品が見られることは否定できないように感じます。
この辺のことも、今後折に触れてご紹介するつもりです。
ここでは弦楽五重奏による演奏をお聴き頂きましょう(演奏の始まるまでに少々間があります)。
☆セレナード第13番 ト長調 K.525 アイネ・クライネ・ナハトムジーク
第1楽章 アレグロ(Allegro)
第2楽章 ロマンツェ:アンダンテ(Romance Andante)
第3楽章 メヌエット:アレグレット(Menuetto: Allegretto)
第4楽章 ロンド:アレグロ(Rondo: Allegro)
https://www.youtube.com/watch?v=CNRQ-DW7064